2017/12

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 きね子パッケージ

時代はバブル初期の80年代中頃。
またファミコンの世界もバブルに突入していました。

あらゆる他業種がファミコン事業を展開し、
小さな開発会社が一夜にして大金をつかみ、
汐留にパックスが突然シアターを作ってしまう。

とにかく斬新なアイディアを!
そして早く!今すぐ!!

80年代はそんなスピードの時代でした。





しばらくフリーとして活動していた私にとつぜんの誘い。

ファミコンディスクシステム開発会社のチーフデザイナーに。


DOS-V機やMZ機のゲームなんかのプログラムはやっていたけど、コンシューマーは初めて。
ましてや人の上に立つのも初めて。

まだ大学を出たての初々しいスタッフ5人を任されたのが85年暮れ。

阪神タイガース悲願の日本一の年の瀬でした。





元々『kinetic connection』というPCゲームをアメリカで開発したJurian T.という方がいて、
その移植という話が、日本バージョンへの演出付加という方向にだんだん拡大。

当時、港区広尾にあったオフィスで毎日悪だくらみブレインストーミングを夜まで繰り広げる。


「あーがいい」
「こーがいい」
アイディアは自由に広がる。

きね子画面

私が担当したのは
●ゲームルール追加演出
●グラフィックディレクション
●作曲(入力まで担当)
●広報として各出版社と交渉

そして
●ネーミング


そうそう。
きね子という、ゲームソフトとは思えない名前は私が言い出しっぺでしたっけ。かー。

いやね。
kinetic connection→キネコ→きね子 って、その場だけのネタだったんですよ。
それが会議で通っちゃって、ファミ通とか出ちゃって。


今でも謎な迷作のクリエイター。
それが私です。



なにせバブルでしたから。

奇抜で斬新な人が起用される時代だからの荒技です。







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